大田ケーブルネットワーク
海苔の街「大森」
2004.9.1放送
 日本の食文化の中でも代表的な海苔。現在では広く海外でも多くの愛好家を生み出しています。江戸時代にはここ大田区の浜辺で生産されていた浅草海苔は質量ともに長いこと日本一の座を保ってきました。江戸時代後期には大森の生産技術が各地に伝わり、太平洋側にいくつもの海苔の生産地を生み出していったのです。ここ大田区大森が築き上げた300年の輝かしい伝統は、高度成長の中、東京湾の埋め立て、羽田空港建設などを理由に昭和38年春の摘み取りを最後に終止符が打たれたのです。ここ大田区大森でには、海苔の生産が終わった今でも、70軒あまりの海苔業者が軒を連ねています。これはNORIWEBといって、海苔業者17社によって作られているインターネットのホームページです。開いてみると大森と海苔との関係を詳しく知ることが出来ます。
NORIWEB−その情報はさまざまで、どこにどのお店があるかがわかる「問屋街マップ」。年表で大森を紹介する「年表大森町」。大森の海苔の歴史を学べる「大森海苔物語」。その他にも写真や海苔の関する資料が事細やかに掲載されています。そこで多くの人に海苔を知ってもらおうと実施されたイベントの情報が目を引きます。
これが大森海苔会館で行われた「海苔と大森の自由研究たすけ隊」のイベントの模様です。この日に集まった子供はおよそ30人。海苔に関するビデオを見たり、普段食べている海苔について勉強します。いろいろな実験を通して大森と海苔の関係を肌で感じていました。
大森で取れた江戸前の海苔。その味は格別で、口にした瞬間にうまみと風味が広がると言われています。現在、大田区では海苔の生産に終わりを迎えましたが、今でも江戸前の海苔は、少量ではありますが、東京湾で生産されています。この海苔を口にした人は、誰もが江戸前の海苔のおいしさに驚きます。そして、減りつつある江戸前の海苔の味に寂しさを感じるのかもしれません。
ここ大田区立郷土博物館は昭和54年に開館して以来全国でも珍しい海苔の博物館として、名実ともに充実してきています。平成5年11月には海苔業者のテによって残され保存されてきた海苔の生産用具が、大森および周辺地域の海苔生産用具として、国の有形文化財として指定されました。そしてもうひとつ海苔の町大田区に「大森ふるさとの浜辺」が誕生し、その敷地の中に大森海苔資料館を建設する動きがあるということです。
ここ大田区には伝統の味を守る力と伝統を今に残す力があります。